☆耀良☆の独白

あきらのどくはく。 人の夢と書いて「儚」。 色即是空。空即是色。

電子文通 2008.08〜

 前回の記事で書いた「mixiで知り合った人」とのメールのやりとりを少し公開しておきます。
 俺がmixiで書いている日記に関して、多くの方から批判のコメントを戴いている一方で、賛同のコメントを書いてくださる方も結構多くいて、この方は賛同のメッセージを俺の所に送ってくれた方です。
 青文字が俺です。アカウントがバレると困るので、適当に端折って転載します。しかし、やったら長いですね。よくもまあこんなに書いたもんだw

***

 日記&コメントを読ませていただきました。コメントがいっぱいで書き込めみたいなのでこちらへ。
 どちらも極論だが、真っ向から否定するのもおかしい。「ダメだからダメ」という人があまりにも多すぎる。しかも否定するのみで、議論がまったく行われない。
 彼らの中での「ダメ」の根拠・支えとなっているものは所謂「常識」であり、「常識」は「文化」により成り立つものである。日本の文化に身を置いている人々が脊髄反射的に拒絶反応してしまうのは至極自然なことのように思います。
 少子高齢化時代でますます財政が緊迫している昨今、この「文化」自体も成り立たなくなってきていると思います。きれい事ばかり言ってられないですよね。弱きものには救いの手を、という常識がこれからどうなるのか。
「古きよき文化」が理想論として掲げられ滅亡への道を歩むのか、それとも弱肉強食の道を歩むのか、気になるところです。


 否定する、というか叩きに来ただけですね。単純なんですよ。
 自分の主張が所詮キレイゴトであることに気づいてない上に、そのキレイゴトが唯一正しい意見であると信じている。しかも普段の自分はそれを実行していない、という偽善者が沢山いるんです。

 一種のディベートのようなものだと捉えればいいのに、敵意むき出しで感情論になっている人が多すぎですね。。
 中には冷静に考えている人もいて面白い。日記自体が一極に偏りすぎているせいか賛成意見はほとんど見られないけど、それはmixiという個人情報晒しまくりの場であるからでしょうかね。自分の印象が悪くなるから、という理由で建設的な議論が行われないのなら、mixi上で意見を述べることの意味は本当に薄っぺらなものですねw
 私も偽善者です。心の中で思っていることなど、親友にしか話しません。


> 中には冷静に考えている人もいて面白い。
 この日記に賛成することは「非常識」ですからね。「倫理的」「道徳的」「常識的」に間違っていることばかりです。
 いわゆる「タブー」に踏み込んでいますからね。この日記に参加したいがあまりに、わざわざ複アカ作ってくる人までいるんですよww よっぽど偽善にムカついてるんでしょうねw

> 自分の印象が悪くなるから、という理由で建設的な議論が行われないのなら、mixi上で意見を述べることの意味は本当に薄っぺらなものですねw
 日記の公開範囲が選べるようになりましたよね。
 あれなんて、ホント馬鹿みたいですよね。身内の人間ですら、言えることと言えないことがあるんですよ。

> 私も偽善者です。心の中で思っていることなど、親友にしか話しません。
 俺は偽善者が嫌いなのでリアルでも出来る限り本音で生きてますよw
 だから結構、色んな人から話はされます。「実はさ〜」「本当はさ〜」で始まる話は何回も聞いてます。
 そういう点で信頼はされてるんでしょうね。過大評価かも知れませんがw


> いわゆる「タブー」に踏み込んでいますからね。
 中二病を地でいくわけですね。それに対して、自分の意見が絶対だと信じ込んで拒絶する姿勢には正直「?」と感じます。

> 俺は偽善者が嫌いなのでリアルでも出来る限り本音で生きてますよw
 本音で生きている、と言えるのはとてもうらやましいです。
 現実世界においては、敵を作ること無くある程度本音を隠して人間関係を築く方がはるかに楽ですからね。楽である、というのは僕の思い込みなのかもしれませんが。
 私は将来は医者になる予定ですが、建前と本音の間で潰れてしまわないか心配です。。


> 中二病を地でいく
 んー。まあそういうことになりますね。
 もともと厨2病の程度が大きかったこともありますし、今でも自分より若い子に触れる機会が多いので、彼らの純朴さに触れると、もうダメですね。
 いつまでこんなこと言ってられるか分かりませんけど。

> 本音で生きている、と言えるのはとてもうらやましいです。
「100人に好かれようと思ったら、100人に嫌われないといけないよ」って中学校の時の友人に言われて、それがいつまでも忘れられないんです。
 わざわざ嫌われる必要はないですが、嫌われることを恐れていては、好かれることも出来ないだろうな、と思ってます。
 俺はどっちつかずの八方美人が一番嫌いです。

> 現実世界においては、敵を作ること無くある程度本音を隠して人間関係を築く方がはるかに楽ですからね。
 いやー、ラクでしょう。俺はこの性格でだいぶ損してますよ。
 型に嵌るのが一番ラクです。多数派を目指すのが一番ラクです。少なくともこの国では。

> 私は将来は医者になる予定ですが、建前と本音の間で潰れてしまわないか心配です。。
 えー、医者が建前と本音の間で生きてたらいかんでしょうに。
 俺の周りにも医学部生はいますが、そういう話は聞かないですね。具体的にどういう葛藤があるんですか?


> いつまでこんなこと言ってられるか分かりませんけど。
 教育実習記を読ませていただきました。日記などを拝見する限りは、実際には教鞭をとられるつもりはないようにお見受けしますが、とても貴重な体験をされたようでうらやましいです。小話の音声ファイルはアツいですねww
 高校生は彼らなりに精一杯考えているわけで、型に嵌った大人が 「まだ子供だ」と切り捨てるのはとても滑稽だと感じます。型に嵌っている大人も、先生になりたてのころは高校生のことを「まだ子供」とは思ってなかったのでしょうに、どこかで転機を迎えるものなんですかね?
 自分の意見を貫くならば、それを以て死ぬ気で闘え、と三島由紀夫が言ってまして(とても右寄りな本でしたが)、それが高校生の私にグッと来た言葉です。それを実行するだけの意志の強い人は少ないかもしれませんが、本当にこの言葉を実行に移すことができたら、と私は割とまじめに考えています。

> 俺はどっちつかずの八方美人が一番嫌いです。
 他人と妥協することが協調だと勘違いしている人たちですね。
 ただこういう人は実害が少ないだけマシな気がします。最終的に孤立するのは彼らでしょうし、放っておいて構わない、と思えます。
 私は自分の中でしっかりと意見を再構築しようともせずに、どこかで吹聴されたような意見をふりまわす人が嫌いです。よくもまぁそんなに思っても無いことが言えるなぁと。偽善ってことですかね?

> 具体的にどういう葛藤があるんですか?
 まず医者と言うのは信用が第一、という私の考えがあります。もちろん、ある程度の知識・技術を持っていることは前提条件としますが。患者さんや親族の方から信頼されてもらえなければ、医師は仕事を全うする事ができません。例でいうと、先日判決が出た福島県の大野病院事件なんかがそうです。遺族の方と信頼関係が築けていれば、このような訴訟は起こりえないはずです。その他にも、患者さんが亡くなられた後に「医療ミス」だと騒ぎ立て、訴えられるケースは自分の大学病院だけでもかなりの数があります。
 医療費は削られ、48時間勤務は当たり前と言うブルーカラーな世界です。その中で医師を支えているものは、「苦しんでいる人を助ける使命感」です。これは建前か、本音であるかと言えば、本音(真実の感情・欲求)の方でしょう。建前(公に表す行動・意見)というのは「実際に医療活動に従事する」と言えるでしょうか。本来、医師はこの本音と建前が合致しているものです。
 今回の大野病院事件に際して、全国の産婦人科医が産婦人科をやめました。理不尽ともいえる逮捕により医師の「使命感」は損なわれ、建前が一人歩きし、「犯罪者になどなりたくない」という本音が新たに生じたことによるものだと思います。
 判決では無罪となりましたが、今までに無かった事例だけに今後医師という職業がどのようなものになるのか、ということに強い不安を覚えます。今の私は使命感に燃えているんですが、それが消されるようなことがあったらどうなるのか。そうなると自分は医者をやっていけないのでは、と考えてしまうんですよね...これは実際に現場に行かないと答えが出そうに無いですけど。
 結局のところは、患者さんとうまくコミュニケーションを取れるようにすることが今後は大事だと考えています。上から目線にならないよう、対等に、対等に。このことを強く意識していきたいと思っています。

 話はさらにそれますが、「医療はサービス業である」という言葉を履き違えている方がいらっしゃるのも気になるところです。医療はサービス業であるのだから、患者様にへりくだり、何でも言うことを聞くものだ、と解釈する方がいることは非常に恐ろしいことです。


> 実際には教鞭をとられるつもりはない
 んー、ずっとそのつもりだったんですけどね。
 でも、自分に合ってる仕事はやっぱり教員かも知れない、と思い始めたので、今からでも教員を目指してみようかなと思っています。
 指導教員の先生が、非常にいい先生で、「こういう人になりたいな」と素直に思ったのが一つありますね。

>「まだ子供だ」と切り捨てるのはとても滑稽
 滑稽、というかもはや失礼極まりないですよ。
 高校生ってのは立派な人格を持った人間です。一個体です。
 大人社会の洗礼を受けていないだけであって、精神的にはかなり成長しているはずです。少なくとも進学校の生徒の場合は。
 自分が高校生だった頃も、自分は大人に近い、と思っていたし、自分たちを子供扱いする大人に対して嫌悪感を抱いていました。それを決して忘れてはいけないと思いますね。

> 転機を迎える
 どこで迎えるんでしょうね。
 まあでも、教員社会で生きていくには、子供よりの教員よりは教師然とした教員のほうが、ラクに生きていけるんじゃないですかね。
「こんなことやってても辛いだけだ。もうちょっと手抜きしよう」と感じるときが転機ですかね。

> 自分の意見を貫くならば、それを以て死ぬ気で闘え
 それはその通りですよ。ぜひ実行に移して欲しいと思います。
 ただ、戦い方には工夫の仕方があるかも知れません。俺は馬鹿なので常に正面からぶち当たっていきますが、色んな方向から戦略的に、奇襲的に、自分の意思を貫くと賢いかもしれませんね。

> よくもまぁそんなに思っても無いことが言えるなぁと。偽善ってことですかね?
 いや、本人は自分で意見を言ってるつもりなんですよw 仮に他人の受け売りであっても、自分の口から発せられれば自分の意見だという認識なんでしょうね。
 そしてそういうのは大抵偽善的ですねw 大衆受けする意見、月並みな意見であって、非建設的理想論であることが多いです。

> 遺族の方と信頼関係が築けていれば
 築けなかった原因は何ですかね。
 医者にあるんですか? 患者にあるんですか? 双方ですかね。

> 患者さんが亡くなられた後に「医療ミス」
 単にカネが欲しくてやってるケースもあるでしょうね。訴えれば金が取れるぞ、と。
 自己利益しか考えていない人が多いんですよ。

> 本音と建前
 いやー、てっきり「沢山報酬を得たい」ってのが本音かと思いましたよ。
 現実の医学部生がそういう「使命」を心に持ってることを非常にうれしく思いました。
 あなたがどういうスタンスなのか知りませんが、少なくとも、一般大衆の中には、「医者は儲かる」「儲かるからお前も医者になれ」と思っている人が多くいるのが事実です。
 医者に関してだけではなく、世の中全体が拝金主義に成り下がってしまっていて、価値判断がそれでしかない人が多いと思うんですよ。
 医者と患者の関係も、「店と客」の関係になってしまっていて、金銭の授受によって「医療サービス」が受けられると思ってるんですよ。あなたも指摘されていましたけどね。

>「犯罪者になどなりたくない」という本音が新たに生じたことによるものだと思います。
 折角使命感を持って仕事に当たっていた人のやる気を削いでしまうような状況は絶対にあってはならないと思います。

> そうなると自分は医者をやっていけないのでは、と考えてしまうんですよね...
 そうやって色々考えてる人が自信を無くして医者にはならずに、何にも考えてない「試験だけできる馬鹿」が医者になったら本当に恐いです。
 ぜひ医者になってください。影ながら応援しています

> 教員
 どのような方が教員に向いているとお考えでしょうか?私は「自分なりの信念をはっきりと持つ」人だと思います。これは一例ですが、私の高校では日本史の授業中に「天皇万歳」「憲法はクソ」などといった話をする教員がいました。授業中に自分の政治思想の話なんかしていいのかw極右wwと当時は思ったものでしたが、今振り返ってみれば、多感な時期にあえて踏み込んだ話をしてくださったことに感謝していますね。自分の信念を明確にしてくれる教員には、信用して腹を割って話をすることができました。
 生徒よりの立場に立つことができる、というのも大事なことでしょうね。私の言う「生徒よりの立場に立つ」とは、生徒と向かい合って話し合う姿勢をとる、ということです。生徒よりの教員になりたいと考えている人は多いと思うのですが、実際は少ないように思います。教員社会にいるうちに生徒と教師(笑)の板ばさみで疲れてしまうのでしょうかね。
 自分の意見を貫くならばそれを以て死ぬ気で闘う、ということを東海林さんも実行に移していかれるようですが、常に正面からぶち当たっていくのはとても疲れそうですねwどうか賢い方法を選択してくださいww陰ながら応援しています。


> 遺族の方と信頼関係が築けなかった原因は何ですかね。
 双方でしょうね。ただし、信頼関係を築けなかった責任の多くは医者側にあると考えます。
1.診療を行う際に患者さんを診ず、病気のみを診ている医師の多いこと多いこと。
2.何人も患者さんを診ていると無神経になってしまうのか、患者さんの気持ちを傷つける言葉をふと発してしまうこと。
3.疾病に関する説明の不足、または説明能力の無さ。患者さんがきちんと理解されたかの不確認。

 これらはどれも、医師の初心を忘れなければ防げるものだと思います。説明能力の無さに関しては工夫して何とかしろwと言うほか無いですが。
後の診療が詰まっていて十分な説明をする時間がない...というのはただの言い訳です。少なくとも、現時点では私はそう思いますw

 患者側の原因としては、納得いくまで説明を受けなかった、ということがあげられますねー。ただ病院にこられる方は大抵元気では無い方なので、診られる医師に説明を求めるというのは遠慮なのかもしれないですが、納得いく説明を求めるという姿勢が一般的に広まれば、と思います。何か起こった後に「納得できる説明を求める」と言われても、その期待に応えられるはずが無いでしょうw
 ここ数年、ようやくインフォームドコンセントという概念が定着してきましたしね。前のメッセでも言いましたが、医者と患者が対等の立場に立つようにしたいと切に思います。

> 一般大衆の中には、「医者は儲かる」「儲かるからお前も医者になれ」と思っている人が多くいる
 金儲けしたい→医者、という考えは浅はかでしかないですねw 平均年収などの話をすればそれよりは上でしょうが、労働内容から見れば見合わない額かもしれない、と学生の私でも思います。お金儲けをしたいなら、文型になってお金儲けのことばかり考えるのが一番ですよw ただ就く職業を考える際に「生活に困らない」というのを考慮するのは当然ですし、医師になろうと決めたときにこのことが理由のひとつとなったことは確かです。最低限、家庭を持って毎年旅行にいける程度がもらえればいいなと思っています。
 まぁ拝金主義者は医学科生の中にもいるようです。概して開業医のご子息など。彼らは元々お金を儲ける確かな地盤が整っているので、このままお金持ちを目指してもらってもいいと思います。ただ医者の信用を落とす真似だけは避けてもらいたいですねw


> ぜひ医者になってください。影ながら応援しています
 ありがとうございますw
 
私の周りは私以上に色々考えている人ばかりですよ。中には「結婚して出産したらやめるー」とか言っちゃう人もいますが。学生のうちからそんなこと言って、何のために医者になるんだwwと思っちゃいますね。


> 私は「自分なりの信念をはっきりと持つ」人だと思います。
 おーw 見解が一緒ですね。
 俺は、そもそも学校の役割がなんなのかを問い詰めたいんですよ。俺が考えるに、学校という場は、教科教育の場であると同時に、人格形成をする場なんです。むしろ後者に重きを置きたい。
 教科教育をするのに、教員の知識が豊富であることが前提とされるのと同じく、教員の人格が形成されていないことには、生徒の人格は形成できないんですよ。
 その人格を形成する一つの要素として、「自分なりの信念をはっきりと持つ」ことが必要条件だと俺は考えます。
 中高生は一個体であるという意識は確かにありますが、やはりまだまだ未発達であって、柔軟な時期なので、その時期に色んな人格に触れることによって、もともと持っている自分なりの人格を、更に強固するなり、磨いていくことが出来るんじゃないかと思うんですよ。キレイゴトに聞こえるかも知れませんがね。
 教員が確固たる自己を持っていない状態で、もしくはそれを生徒に伝えられない状態で、まともな人間が育つとは思えません。

 そうやって考えると、今の学校教育の場は腐りきっていますね。
 私の母校は断じて違いますが(と信じたいw)、どこもかしこも大学受験予備校みたいになっちゃって、やれ東大が何人だ、医学部が何人だと騒ぎ立て、挙げ句の果てには2006年末に発覚したような世界史未履修問題みたいなのが出てくるんですよ。
 きっとああいう学校では、「ズルいことをしてでも良いからとにかく数字や結果を出せ」という教育をしてるんでしょうね。ご立派な人格ですねww

> 多感な時期にあえて踏み込んだ話
 思想の良い悪いは別にして、自分の意見をはっきりと生徒に伝えられる教師が絶対に必要です。
 社会科の教員はそういう人が比較的多いかな。俺も、なるとしたら社会科の教員になるんですけどね。
 俺も一応そういうスタンスで教育実習に行ったつもりなんですよ。それが伝わったかどうか不明ですけど。
 本来は、普段の授業やら行事やらを通じて、じわじわと効かせるのがいいんでしょうね。件の日本史の先生の場合も遅効性ですよね?w
 俺の場合は授業前の話で凝縮して喋ってしまいましたけどね。教育実習は授業が3回しかないので、1年かけて徐々に洗脳していくことができないんですw

> 常に正面からぶち当たっていくのはとても疲れそうですねwどうか賢い方法を選択してくださいww
 そろそろ体力と気力が無くなってきたのでw、賢い方法に移らざるを得ないかも知れませんねw
 というか、昔は単身で乗り込んで行けたんですよ。周りの迷惑を顧みず。だけど、最近は「やっぱり周りの奴らに迷惑が掛かるのは避けたいなあ」と思うようになってしまって、あんまり正面突破できませんw

> 信頼関係を築けなかった責任の多くは医者側にある
 やっぱり数をこなしていると、「慣れ」「狎れ」が生まれてくるんでしょうね。
 ただの「仕事」になっちゃって、ライン生産みたいな感覚になってくるんだと思います。どんな仕事でもね。
 無神経って話に関して言えば、例えば火葬場や葬儀場の職員なんかでも、死体を扱うときに全く以て無感情ですよね。遺族はみんな悲しんでいるのに、職員は淡々と仕事をこなしています。いちいち悲しんでいられないって言うのが本音だと思いますが、やはり遺族からしてみればいい感情は抱かないでしょうね。俺は「まあそんなもんだろww」と思ってますけど。
 説明に関しては、患者さんがどれだけ知識を持っているかによって説明すべきことも違ってきますからね。
 何にも分かってない人もいれば、ある程度知識のある人もいますから、一人一人に応じて説明しないといけませんよね。一番厄介なのは、誤解した知識を持っていて、それを正しいと思いこんでる人だと思いますw
 それに、1を言えば10理解する人もいるし、100説明しても1しか分からない人もいますしね。

> 後の診療が詰まっていて十分な説明をする時間がない...というのはただの言い訳です。少なくとも、現時点では私はそう思いますw
 言い訳と言えば言い訳ですが、病院の混み具合を見てると、医者が本当に可哀想になってきますよ。あの状況で十分な説明をすると大変なことになるのが目に見えてます。
 どう考えても医者不足です。かといって質の低い医者を入れるわけにもいきませんしね。難しいですよ。

> 患者側の原因としては、納得いくまで説明を受けなかった、ということがあげられますねー。
 でも患者ってなかなか納得しませんよ? 本当に納得するまで待ってたら、患者がその間に悪化するかも知れません。
 かといって患者の納得を待たずに医者が勝手に進めるのは論外ですけどね。その辺の匙加減は、現場の人間にしかわからないでしょうね。俺みたいな門外漢の素人が偉そうに御託を並べることではないかも知れません。

> ここ数年、ようやくインフォームドコンセントという概念が定着してきましたしね。
 これが医師と患者の双方に定着してくると本当にいいですよね。双方が賢くなるしかないですよ。

> 金儲けしたい→医者、という考えは浅はかでしかないですねw
 本当はそうですけどね。現実では蔓延してますよねw
 他にも、例えば受験業界だと、「とりあえず偏差値が高いから医学部」っていう考えなんかもありますよね。同様に「とりあえず偏差値が高いから東大」ってのもあります。
 本来、東大と医学部って言うのは次元が全然違うのに、偏差値的に同じであるからという理由で同一視されているのが馬鹿馬鹿しくてしょうがないですよ。受験業界に詳しい和田秀樹なんて、「東大の方が儲かる! 医者なんて儲からんぞ!」なんていう話しかしていません。あんなのが受験業界で偉そうにしているうちは「金儲けしたい→医者」って考える人間が減りません。

> 最低限、家庭を持って毎年旅行にいける程度がもらえればいいなと思っています。
 なんて慎ましいんだ。感動した。絶対医者になって欲しいですね。
 できたら主治医になって欲しいぐらいですよ。そういう気概を持った人にこそ医者になって欲しいと思います。

> ありがとうございますw私の周りは私以上に色々考えている人ばかりですよ。
 それは安心しました。
 うちの医学部の教授は、「うちの医学科のなかで、本当に医者になるべき人間は1割ぐらいしかいない」って言ってたそうですがw

> まぁ拝金主義者は医学科生の中にもいるようです。概して開業医のご子息など。
 拝金主義者の個人医に掛かりたくない、っていう思いもあって、俺はあんまり個人病院には掛からないんですよ。基本的には近所の総合病院です。
 医者よりも拝金主義が強いのが歯医者だと俺は思いますけどね。
 今まで何軒も行ってますけど、「技術もあって、人望もある」歯医者に巡り会ったことがありません。やたらレントゲン撮って点数稼いだり、「ここもついでに直します」って勝手に削りだしたり、偉そうに支持するだけで無愛想な歯医者ばっかりですよ。ほんと。
 しかも彼らはそう賢いわけでもないですからね。別にそれで判断するわけではないですけど、私大の歯学部なんて馬鹿だらけですよ。俺の友人が何人もカネに任せて歯学部に行ってますが、一部を除いて、アイツらに見て貰おうという気にはなれません。

 今のところの日本の医療システムはよくできてると思いますよ。公共の医療保険もある程度充実してるし、点数制だから全国どこの病院であっても(ほぼ)同じ料金で治療が受けられる。
 これが、完全自由診療になって、「いい治療は高価格、安価な治療はそれなりに」ってことになると、多くの医者は料金の高い仕事ばかり引き受けるようになりますし、安価は安価の方で、薄利多売になるでしょうね。完全な医療崩壊ですよw 

> 中には「結婚して出産したらやめるー」とか言っちゃう人もいますが。
 これは教師志望者でもいますね。
 ただまあこれは難しいところもあって、やっぱり育児ってのは大変だろうし、子供にしてみれば母親は側にいて欲しいと思いますよ。結婚して出産しても辞めない人が増えたから、少子化になってきたっていうのがありますからね。
 女性の社会進出が進んだのなんだの言われてはいますが、なんだかんだ言って子供を育てるのに「優位性がある」のは女性ですからね。他の家事は男性でもできますけど。
 あんまりこういう議論をするつもりはないですが、原始時代から脈々と本能的に受け継がれてきたものを、たかだか戦後の社会文化に合わせてしまうことは烏滸がましいと思います。


> 俺が考えるに、学校という場は、教科教育の場であると同時に、人格形成をする場なんです。むしろ後者に重きを置きたい。
 まさに仰る通りです。というより、学校というものは元よりそれを目指して作られているはずだと思うんですけどね。

> どこもかしこも大学受験予備校みたい
 中堅私立では、この傾向が強いように思います。私立高校なんかは経営のことを特に考えなければいけませんから、とにかく進学の数字を叩き出して宣伝したいようですね。塾でそういう高校の生徒を見ていますが、彼から高校のやり方を聞いていると涙が出てきますよwとりあえず成績上位のクラスは国立を絶対受けなければいけないそうですwちなみにその高校は未履修問題でも叩かれていましたww
 未履修問題に関しては、論外だと思いますね。知識を教わる機会を奪い去る、というのは学校という教育の場としてあってはならないことでしょう。ちなみに、生徒に関しても、科目の要・不要を決める権利は無いと思います。この科目は将来必要無いから、という視野の狭い生徒にこそ、いろんな科目を学んでほしいと思いますね。

> 最近は「やっぱり周りの奴らに迷惑が掛かるのは避けたいなあ」と思うようになってしまって、あんまり正面突破できませんw
 らしくないですね、と言うとお会いしたことも無いのに失礼ですがw、実際は飲み込まなければいけないこともありますよね。問題は「自分の意見を貫き通さなければいけない」と思った時にどうするか、だと思います。あんまり我慢しっぱなしですと、「信念を持たなくなった教師」になりかねないと思います。難しいですね。


> 例えば火葬場や葬儀場の職員なんかでも、死体を扱うときに全く以て無感情ですよね。
 まあそんなもんでしょうねww生きている時に1ミリ秒も付き合ったことの無い人の死ですからね。感情移入するとすれば、例えば自分の肉親の死とかぶせた時などでしょうが。

> どう考えても医者不足です。かといって質の低い医者を入れるわけにもいきませんしね。難しいですよ。
 そうです。現場の現状を考えれば、すべての患者に十分納得のいく説明をするなどというのはキレイゴトとしか言いようがありません。
 もちろん医者不足、というのも大きな原因のひとつですが、病院間のネットワークがうまく機能していないことが、事態により拍車をかけていますね。医師会が目指すものとして、大学病院を頂点とし、その下にはいくつかの中規模総合病院、さらにはその下の開業医、診療所からなる一つのモデルがあります。このモデルには、体調が悪い→開業医→手が回らない→総合病院→さらに高度な設備が必要→大学病院、というように回していき、患者を分散させて高次病院の負担を減らす(本当に必要な診療のための余力をつくる)という狙いがあります。しかし、患者さんの中には、高度な診療が受けられるだろうという理由でいきなり大学病院(もしくは高次の病院)に行く方がいらっしゃるんですよね。こういう方が出てきてしまうと、高次病院の負担が増えて診療の質が落ち、元々高次病院を必要としていた方までが憂き目に会う、ということが生じてきてしまいます。
 ですから、このモデルを一般の方にも理解していただいて、まずは近くの診療所や総合病院に行って頂くことが必要だと思います。そっちの方が、よりしっかりと説明を受けられると思いますね。

> その辺の匙加減は、現場の人間にしかわからないでしょうね。俺みたいな門外漢の素人が偉そうに御託を並べることではないかも知れません。
 私も素人ですよw今は、その辺のさじ加減は難しそうだということしか想像できません、医師となった後も考え続けなければいけないことだと思います。

>「金儲けしたい→医者」って考える人間が減りません。
 それにしても、医者→お金持ち、という考えを持った人間で勉強が出来るやつを見たことが無いですw

> うちの医学部の教授は、「うちの医学科のなかで、本当に医者になるべき人間は1割ぐらいしかいない」って言ってたそうですがw
 なにを持って「医者になるべき」人間を定義するのか、難しいと思いますが。仕事がテキパキできる人間?コミュニケーション能力に長けている人間?技術や知識が豊富な人間?まぁ全て兼ね備えているのが一番いいんでしょうね。

> 医者よりも拝金主義が強いのが歯医者だと俺は思いますけどね。
 歯医者は今かなり飽和状態で、ワーキングプアの筆頭格となりつつあるんですけどね。私大の歯学部なんかは将来の収入を考えると割に合わないと思いますよ。。歯医者は今後、質の悪い人からどんどん淘汰されていくと思います。

> 日本の医療システム
 日本の医療システムは良く出来ていますよ。それにも関わらず医療費削減を進めてしまったものだから、少しまずい状況ですが。
 アメリカの完全自由診療は徹底していますね。資本主義を貫いた究極の結果ですよ。保険の中でもさらに上流向け、下流向けコースがあって、さらには保険すら受けられない人がいる。保険が受けられない人は、基本的に診療を受けることが出来ませんからね...アメリカの「医療」ってなんなんですかね。

> 原始時代から脈々と本能的に受け継がれてきたものを、たかだか戦後の社会文化に合わせてしまうことは烏滸がましいと思います。
 いや、この類の話をしだすと本当にキリが無いと思いますwただ女性で医師の道を歩む人が予想以上に増えたことが、今の医師不足の一因となっていることは確かなんですよ。同級生が100人いますが、うち37人が女性ですからね。


> 中堅私立では、この傾向が強い
 こういう傾向が強いのは、昔からある伝統進学校ではなくて、比較的最近出来た新興進学校ですね。どうにかして伝統進学校に追いつきたくて必死になってます。

> 生徒に関しても、科目の要・不要を決める権利は無いと思います。この科目は将来必要無いから、という視野の狭い生徒にこそ、いろんな科目を学んでほしいと思いますね。
 これは本当にそうですよね。
 ただまあ自分が高校生の頃どう思っていたかと言えば、「うちの学校は文系も数3C必修だし、理科も3科目やらせるし、文理分けは3年からだし、どうなっとるんだww 受験させる気あるんかww」って感じでしたけどね。これは今になって考えると愚かしいです。反省しています。
 高校生自身が受験を意識しているので、それを解放すべき存在が教師なんですよね。教師まで一緒になって受験教育してたら世話がないですよwww

> 問題は「自分の意見を貫き通さなければいけない」と思った時にどうするか
 最終的に、結果として自分の信念が通せればいいと思うので、口ではハイハイと言って従うふりをしながら、実際の行動は信念に基づいていればいいんじゃないですかね。俺は今のところそういう感じです。
 まあでもウソつくの嫌いなんで、顔に出てるとは思いますけどねw

> まあそんなもんでしょうねww生きている時に1ミリ秒も付き合ったことの無い人の死ですからね。
 それを正直に言うとなぜか叩かれますけどねw
 mixiニュースだと、人が死ぬ度に「悲しい悲しい」って言ってますけど、本人は本当に悲しんでるつもりなんですかね。あの辺の神経が偽善的すぎて信じられません。

> 病院間のネットワーク
 これはあんまり気にしたことがなかったです。さすが医療関係者は言うことが違うw
 俺が開業医に行かないのも、やっぱり「ちっちゃいところは信用できない」っていうのがあるからですね。俺を含めた一般人の意識改革をしていくことも必要だと思います。

> なにを持って「医者になるべき」人間を定義する
 俺はやっぱり使命感だと思いますよ。あなたは間違いなく適性がありますw

> 資本主義を貫いた究極の結果
「ほんとに資本主義って良いの?」って思いますね。共産主義がいいとは思いませんが、アメリカ型の資本主義に日本が近づいていくことは絶対に避けないといけないと思います。


> それを正直に言うとなぜか叩かれますけどねw
 「悲しい悲しい」と思わない人は、冷たい人だという印象を与えますからね。私は感情が豊かですよ〜、というアピールでしょう。同情するのなら話はわかりますが、共感することは出来ないと思いますね。

> 俺が開業医に行かないのも、やっぱり「ちっちゃいところは信用できない」っていうのがあるからですね。
 ちっちゃい所は設備が無い・守備範囲が狭い、というのはありますよね。実際、いろんな科があって設備も整った総合病院に行くのが良い場合もあると思いますが、みなさんには開業のお医者さんの中から気軽に相談できるような「かかりつけ医」を見つけていただくのがいいです。開業医のところで処置できないような疾病であれば、紹介状を書いてもらえるなど物事がスムーズに進むはずです。

> ほんとに資本主義って良いの?
 結局何がいいのか、よくわからなくなってしまうのですが。。よろしければ、参考までに勉強する方法をご教授願えますか?


> 同情するのなら話はわかりますが、共感することは出来ないと思いますね。
 その違いが分かるかどうかが、偽善者かどうかの試金石だと思ってます。

> 勉強する方法
 そういう勉強ってなかなか難しいですよね。基本的には読書になってしまうんでしょう。
 資本主義・社会主義についての本と言えば、「資本論」が有名すぎるぐらい有名ですが、正直面白くないので、経済学部のくせに俺もほとんど読んでいませんw
 簡単に、というのであればやはり新書でしょう。俺は大学在学中には、授業も出ずに新書ばっかり読んでました。最近のキーワードとしては「新自由主義(ネオリベラリズム)」ですね。Wikiで調べるだけでもそこそこ説明がされています。
 一番良いのは、左翼系の人が書いた本と、右翼系の人が書いた本を読み比べしていって、自分の中で答えを出していくことだと思いますよ。本だけじゃなくて社会の現状も色々見ながら。
 左翼系も右翼系も読めば、考え方が変わるかも知れないし、新しいことを発見して更に自分の意見が補強されることもあります。
 最近は格差社会について書かれた新書が大量に出てるので、それを読んでいくといいと思います。
 面白いことに、格差の話をするとみんな教育問題にも目がいくようです。格差の再生産の現場は学校ですからね。


> 新書
 そうですね、格差社会について書かれた本を中心に漁ってみることにします。バランスよく読んで、時間のあるうちに自分の中で反芻しておきたいと思います。

> 面白いことに、格差の話をするとみんな教育問題にも目がいくようです。格差の再生産の現場は学校ですからね。
 条件は一緒で平等だと一般的には思われている受験戦争でさえも、結局は多額の投資をした者が勝つ、という構図ですものね。
 学校は格差のリプロダクションの場である、という表現は面白いですね。なんという皮肉。


> 条件は一緒で平等だと一般的には思われている受験戦争でさえも、結局は多額の投資をした者が勝つ、という構図ですものね。
 そもそも、教育が投資として捉えられていること自体がおかしな話なんですよ。教育が、自分(の子供)が将来よりよい収入を得るための手段と化してしまっている。
 本来の教育はそうではないはずなんですが、現在の社会構造として、「いい高校→いい大学→いい会社」という理想の元に、利益のための教育が行われるんですね。
 あとはあなたの仰るとおり。

> そもそも、教育が投資として捉えられていること自体がおかしな話
 「本来の教育」は、教養と道徳を身につけさせ自立した人格を作ることにある、という点に立って考えさせて頂くと、やはり教育が利益のための手段として使われるのはおかしいですね。今の学校教育、もしくは社会構造は、「教養」およびそれに付随するであろう「利益」に目が行きすぎているのでしょうか。
 ですから「ゆとり教育の実践」というのはわりと自然な発想だったのかなぁと思います。本来の教育に立ち返ることになりますからね。
 しかし、国は自国の利益を追求しなければいけませんから、結局は「利益のための教育」という歪んだ価値観を変えることは出来なかった、ということですかね。

>「教養」およびそれに付随するであろう「利益」
 言葉尻を捉えるわけではないですが、その後の人生に応用できる「教養」ならまだしも、完全に「教科教育」だけを追い求めていることが問題です。しかも受験に必要な教科だけ。

>「ゆとり教育の実践」
 ゆとり教育の理想って言うのは、名目上は『自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」を育む』というものなんです。この理念そのものは非常に高く評価できます。

 しかしこの政策には問題点があった。それは教育内容の削減です。
「自ら学び、自ら考える力」をつけ、総合的に学習するための時間確保として、教育内容が削減されましたが、俺が考えるに、内容削減と「自ら学び、自ら考える力」っていうのは完全に相反するんですよ。

 人間は知らないことについて考えることは出来ません。考えるキッカケすら見つかりません。
 多くの物事を知って、それを自分のものにして初めて、そこから新しいものが生まれてくるんです。俺の感覚だと、人間の知性は語彙力に比例します。
 本当に「自ら学び、自ら考える力」を育てたいのであれば、学力水準を維持したままで理想を実現して欲しいと思います。

> 国は自国の利益を追求しなければいけません
 利益を追求しているのは、国というよりも個人ですね。

 問題を整理します。以降は俺の個人的見解が多々入ります。
 教育の目的は、「社会人として必要な教養」と「人格の完成」です。ゆとり教育の理想においては、この両方を満たしていると考えられます。
 しかし上述するように、「生きる力」は一定量の知識がないと生まれてきません。少なくとも今までの教育内容は削減すべきではない。それを担保した上で、「生きる力」を育む教育を行って欲しいです。

 次。
 ゆとり教育に保護者が反対する理由は、教育内容を削減することの一点にあります。
 教育内容が削減されるとなぜ困るかと言えば、これはもう現実的な問題で、「そんなんじゃ受験の時に困る」からです。「社会人として必要な教養」と「人格の完成」が阻害されるから、という理由の人はそういません。
 教育関係者の思惑と、保護者のニーズが完全にずれてしまっている形ですね。

 更に深く考えると、今回のゆとり教育の本当の狙いは、愚民化政策だと俺は思っています。
 知識のない人間を量産し、為政者にとって都合のいい社会を形成していくことにあるんじゃないかと思います。
 有名なフレーズなので知ってるかも知れませんが、教育課程審議会会長の三浦朱門って人が、「ゆとり教育の本旨は、100人に2〜3人でもいい、必ずいる筈のエリートを見つけ伸ばす為の『選民教育』である」「出来ん者は出来んままで結構、エリート以外は実直な精神だけ持っててくれればいい」という発言をしています。

 実際問題、親の経済力と子供の学力が比例していて、教育が投資だと捉えられている状況の中で、公立学校教育の内容が薄まれば、塾にも行けないような貧困家庭の子供の学力は以前より低くなります。一方で金持ちは塾やら家庭教師やらの家庭教育によって十分な教育を受けられるため、その差は開くばかりです。

 これはあくまで左翼的発想の一意見ですけどね。


> 内容削減と「自ら学び、自ら考える力」は相反する
 数学なんかはいい例ですよ。知識や経験を詰め込んだ上で、応用問題で考えるわけですから。「自分で考えて判断」しようにも、知識や経験からくるモノサシがないと動けないですよ。

> 一定量を担保した上で、「生きる力」を育む教育
 仰るとおりですね。それができれば初めから苦労は無いのでしょうねー。結果としては、ゆとり教育が為される前の方が、今よりもまだ「一定量を担保した上で生きる力を育む教育」が実践されていた、とも言えますね。皮肉なことです。
 うちの親は公立を全く信頼しておらず、中学校受験を奨励してくれましたよ。今の時代においては、こういう親を持った私は運が良かったのだ、と思いますね。

> 教育関係者の思惑と保護者のニーズにずれ
 これはあまり考えたことが無かったですね。なるほど。
 結局は多数派のバカな保護者が、問題の本質からズレたことを叫んで騒いだ、という構図ですね。

>「ゆとり教育の本旨は、100人に2〜3人でもいい、必ずいる筈のエリートを見つけ伸ばす為の『選民教育』である」
 この発言にはとても違和感を覚えました。これ本気で言ってるんですか?歴史は繰り返す、とでも言いましょうか...アテネのデマゴーゴスを再現したいんですかね?それともナチス?
「100人に2〜3人のエリート」を育てるだけで国が成り立つと思っているんでしょうか?実直な精神、だけ?
 上にわずかなエリートがいた所で、下が知識も技術も持たないイエスマンだけのような組織が機能するはずないでしょう。そりゃ為政者にとってはやりやすい世の中でしょうが、基幹産業なんかは崩壊しますよw

>結局は多数派のバカな保護者が、問題の本質からズレたことを叫んで騒いだ
 親が非常に「現実的」で「個人利益志向」だったということでしょうね。

>こういう親を持った私は運が良かったのだ
 親によって教育に対する関心や意欲が大きく異なっていて、それが子供世代の格差に繋がる、という話は、苅谷剛彦が「インセンティブ・ディバイド」という言葉で以て指摘しています。

>本気で言ってるんですか?
 半分本気でしょうね。
 現実問題、学習内容削減によって差は開くばかりなんで、彼の言うような社会がやってくるのはそう遠い未来の話ではないでしょう。


***

 延々と続きそうなのでこのあたりで辞めておきますがw、結局いつもの通り、俺の得意な教育談義になってしまうんですね。もう少し幅広い意見が出来るように心がけて勉強したいと思います。
 理系の人と話す機会そのものが最近は減ってしまっていますし、非常に良い刺激になりました、という話です。

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