☆耀良☆の独白

あきらのどくはく。 人の夢と書いて「儚」。 色即是空。空即是色。

次回更新日

書きたいことはいくつかありますが、いかんせん時間がないです。


→今週末(19〜20日)ぐらいには更新する予定。


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有料補習@沖縄

沖縄県立高75%で有料補習 兼職許可受けず懲戒処分は不可避
2012.4.11 10:00
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120411/edc12041110020005-n1.htm

 沖縄県の県立高校で早朝や放課後など通常以外の授業をした教員に、保護者から謝礼が支払われていた問題で、早朝授業は県内の75%の高校で行われていたことが10日、県教委の調べで分かった。こうした勤務時間外の「有料授業」は兼職許可を受ければ可能だが、すべての高校で受けていなかった。地方公務員法違反にあたる勤務時間中の兼職も確認され、関係者の懲戒処分は不可避となった。

 県教委によると、1時限目が始まる前の早朝に行う「ゼロ校時」と呼ばれる進学指導を昨年度実施していたのは、県内60の県立高校のうち45校。1コマの謝礼は各学校によって異なり、3千円から数百円だった。

 このうち那覇西高校では、勤務時間中に、1コマ3千円で夏期講習を実施していたことが確認された。

 県教委はさらに調査を進め、違反が確認され次第、懲戒処分を検討する。



「小遣い稼ぎ」「無報酬が筋」 沖縄県立高有料補習に保護者ら批判
2012.4.11 13:31
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120411/edc12041113320006-n1.htm

 法令上、兼職の許可を受ければ認められているとはいえ、教員が保護者から報酬を受けて自校の生徒に授業を行うことは適切なのか。そもそも教員には、時間外勤務の認定が難しいため、月給に4%上乗せした特別手当がある。保護者や識者からは「先生の小遣い稼ぎ」「無報酬が筋」といった批判が出ている。

 「自分の生徒の補習や進学指導をするのに、お金をもらうのはおかしい」

 沖縄県の県立高校で数年前までPTA役員を務めた40代の女性は憤る。同校の保護者には毎年3月、学校側から授業料とは別に「学校校納金」の請求が来る。年間約8万円。学校の設備費などに使われた残りの約4千万円が「進路指導費」として、ゼロ校時や夏期講習を実施した教員への謝礼などに充てられるという。

 ゼロ校時は全生徒が対象で毎朝午前7時半開始。女性は「当初は塾や予備校が少ないため始まったようだが、今は多くの生徒が通っており、実質二重払いのケースも多い」と話す。学校側に選択制を提案したが、「進学実績が下がる」と拒否されたという。女性は「先生の小遣い稼ぎとしか思えない」と批判する。

 石垣市の60代の元男性教員は「昔は朝早いため、ゼロ校時をやる先生が集まらず、塾の講師に依頼したこともあったが、高くつくので結局、教員がやるようになった。そうした経緯もあり、謝礼は少しずつ上がっていった」と明かす。

 那覇西高校でも平成22年度、ゼロ校時の謝礼に約1300万円支払った。時間外勤務とはいえ、自校の生徒への進学指導に、なぜ謝礼が必要なのか。同校の前川守克教頭は「全生徒必修なのでコマ数が多い。教員も強制で、時間数を確保するためにはボランティアだけでは済まされない現状がある」と説明する。

 公立学校の教員は職務の性質上、「時間外」の認定が難しいため、時間外手当の代わりに月給に4%上乗せした「教職調整額」などの手当がある。文科省は「教職調整額もあることから、報酬を得て勤務時間と近接した早朝に学校で補習することは、世間から適切ではないと受け取られかねないので慎重に対応すべきだ」としている。

 元中学教員で東京学芸大教職大学院の今井文男特任教授は「通常授業で受験にも対応できる学力を身に付けさせるのが基本。補習や進学指導をするなら無報酬が筋だ」と指摘している。


***

 まずは、「教員が補習による対価を得ていたこと」について、「勤務時間中に、1コマ3千円で夏期講習を実施していた」という兼職行為に関しては批判されて然るべきだと思いますが、正規の労働時間外に補習をしていて対価を得ていた、という点については同情を禁じえません。

 記事には、「教員には、時間外勤務の認定が難しいため、月給に4%上乗せした特別手当がある。」とありますが、そもそも給料の4%って一体いくらなんだっていう話で、仮に基本給が30万としても1カ月に12000円。どれだけ残業しても12000円。こんな賃金で働けって言うほうがおかしいんです。

 まずは、教員にも行政職並みに残業手当をつけないといけないと思いますよ。日本全国に教員は約100万人もいるので、ちょっと賃金を増やすとその波及が大きいものになるために全然給料を増やそうとはしませんが、教師の有料補習にも目をつぶらずに正論を吐くようであれば、やはり残業手当を要求していくのが教師側の正論になるんじゃないかと思います。

 教育にカネを出したがらない顕著な例は週休2日制導入の際に提唱された「ゆとり教育」です。そもそも学校に週休2日制が導入されたのは、他の一般行政職の公務員が週休2日なのに教育公務員だけ週休1日のままにしておく理由がないために、「ゆとり教育」の必要性を前面に押し出して週休2日にしただけの話であって、「ゆとり教育」なんてのはただの言い訳に過ぎないんですよ。

 ゆとり教育をお題目にせずに、教員に週休2日制を導入しようと思えば、たとえば先生の数を1.2倍ぐらいに増やして週休2日にするようにシフトを組みなおすという手もあるんだけど、それをするためのカネが出せなかったんですね。
 ホントは残業代じゃなくて人数を増やすのがいいと思うんですよ。補習もそうですが、部活動についても教員の負担は非常に大きいものがあるかと思うので、残業代をもらわなくてもいいぐらいの勤務体系に近づけるように人を増やしていけたらいいですね。カネがあれば。

 補習の是非については、

 元中学教員で東京学芸大教職大学院の今井文男特任教授は「通常授業で受験にも対応できる学力を身に付けさせるのが基本。補習や進学指導をするなら無報酬が筋だ」と指摘している。

 とありますが、元中学教員のくせにこんな現実を顧みない空論をほざいてるなんて信じられないですよ。じゃあお前は中学校で「通常授業で受験にも対応できる学力を身に付けさせる」ことができたのかっていう。これだけ塾が跋扈している世の中にあって何を言ってるんですかね。

 ただ、学校がそこまで受験のために頑張らないといけないのかを考えると、それはそれでまた疑問が残ります。高校は大学受験予備校とは違いますからね。ある程度のバランスをもって、教養豊かな社会人の育成に努めてほしいところです。



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食べられません

 一人暮らしが始まって1ヶ月弱ですが、特に大きな問題もなく気楽にやっています。

 これまで実家にいるときは、新聞は朝刊しか読んで(取って)いなかったのですが、朝日新聞が学割キャンペーンをやっていたので、セットで取ることにしました。部屋にテレビはないのに新聞は取っています。
 俺は社会人4年目ですが、実は放送大学の全科履修生でもあるので、auのケータイも学割が効いていますし、某鉄道会社の乗車券も学生料金ですし、朝日新聞も学割で購読できています。
 ただまあ、俺の場合は目的があって入学したわけですが、学割目的だけを考えると果たしてプラスになるかどうかは微妙なところです。

***

 20日(金)の朝日新聞夕刊のコラムから。

食べられません 西加奈子

 古い友人から、久しぶりに電話がかかってきた。
 彼女は母である。昔は、他にも数人で仲がよかったが、それぞれに子供がいる専業主婦。ママ友との付き合い方や家事の煩わしさ、可愛すぎるわが子の成長、などの会話が自然多くなり、全く逢う境遇にいる私は、なんとなく彼女らとは、疎遠になっていた。なので数年ぶりの電話はとても嬉しく、私は携帯電話を持ちながらはしゃいだのだった。
 だが、ひと通り盛り上がった後は沈黙。ちょっとその沈黙が不自然なほどだったので不安になり、なんかあったん、と聞いた私に、彼女は、「こんなこと、あんたにしか言われへんねんけど……」と切り出してきた。彼女は私に、相談ごとがあったのだった。紙面には書けないが、けっこう、かなり、えげつないことだった。正直引いた。
 だが、 「ううむ」と捻ったのは一度きり、私は、己の動揺などおくびにも出さず、彼女の相談を「よくあること」のテンションで聞き続け、道理の分かったような声で、アドバイスまでしたのだった。何故か。「作家」だからだ。
 彼女は、私の膝が乾燥して真っ白になっていたり、眉毛がぼうぼうであった時代を知っている。つまり私が、友人たちの中でも、えげつないことに対する耐性がなかったことも、知っているはずである。なのに数年経っての、突然のえげつなすぎる相談。それは私が「作家」だからなのだ。どんなえげつないことでも、「なるほどね」と受け流す強さを持っているはず、思いがけないアドバイスをくれるはず、何故なら「作家」だから、そう思っているのだ! どうしてそう思うかというと、私自身「作家」に対して、そのようなイメージを持っているからだ!
 私は全力で、そのイメージに乗った。電話を切った後、パソコンに向かったが、何も書けなかった。
 正直になろうと思った。


***

 俺もよく相談を受けることがありまして、アドバイスが欲しいと言うよりはとにかく話を聞いて欲しいということも多いんですが、恐らくはそれも話を聞いてくれて何らかのアドバイスをくれるだろうという「イメージ」があるからなんだと思います。

 話したいことを話せる人はとても貴重な存在であるからこそ、話を聴かせる側はその影響について配慮をして欲しいですね。

 もし俺だったら以後この電話の友人とは疎遠になると思います。自分が傷ついてまで関わるのは健全ではありませんからね。


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勤務時間

京都府警交通部長が飲酒 祇園の事故当夜、懇親会に出席

2012年4月16日
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201204160035.html

 京都・祇園で軽乗用車にはねられた通行人7人が死亡、11人が重軽傷を負った事故で、京都府警が発生の12日夜に署長らを集めた懇親会を開き、府警本部長と交通部門トップの交通部長が出席し、飲酒していたことがわかった。府警は、捜査指揮にあたっていた交通部長の出席について「酒を口にしたことは配慮に欠けるが、捜査に影響はなかった」と説明している。

 祇園の事故は12日午後1時すぎに発生。府警は懇親会が始まる直前の午後6時5分、藤崎晋吾容疑者(30)を含め8人目の死亡者が出たと発表した。身元や負傷者数など被害の全容はまだ判明していなかった。

 府警によると、懇親会は午後6時15分から8時まで、春の異動に伴う署長会議の後、京都市上京区の府警本部近くのホテルで開かれた。安森智司本部長をはじめ、府内25署の署長の大半と府警OBら89人が出席。山形克己交通部長は開始5分後から最後まで参加し、ビール1、2杯を飲んだという。


***

 この事件の後に、亀岡で通学児童に無免許が突っ込んだり、高速バスの居眠り事故やらが相次いだので、「てんかん」疑惑のこの事件はすっかり忘れ去られています。

 事件そのものはさておき、上の記事については若干警察を気の毒に思ってしまうんですが、みなさんの感覚的にはどうなんでしょうね。

 記事には「懇親会」とありますが、恐らくは「春の異動に伴う」歓送迎会の類でしょう。日程は事件が起こる何日も前から決まっていたんだろうし、色んな人の顔を立てるためにも、自分の立場的にも、懇親会に出席しておくのは「サラリーマン」として悪いことではないし、むしろ正当な理由もないのに欠席するほうが社会人として排除対象になり得ると思います。

 警官は24時間営業のイメージがあるかも分かりませんが、彼らもただの「サラリーマン」ですから、そんなスーパーマンみたいな働きぶりを期待すること自体がおかしいんですよ。仮にそれができる人がいたとしても、そんな人は現場の警察官にはなりませんw

 管理職は立場が若干違うのかもしれませんが、俺の個人的な思いとしては、休み時間は休みが欲しいし、必要に応じて残業はしても、「定時を過ぎたらタダの人」でありたいんですよ。だってそういう労働契約でしょ。勤務時間は8時半から5時までって書いてあるでしょ。

 そりゃまあ緊急事態が起これば職場に呼び出されることもあるだろうけど、どこからどこまでが緊急なのか明文化されたものはないし、「社会通念上不適切」と言ったところで、どこからどこまでが「社会通念」なのか分からん。
 感情で叩くのはやめて欲しいんですよ。叩くならちゃんと根拠を明確にしてくれないと。叩けるところは何でも叩くという感覚が嫌いです。

 例えば医者だったら、急患が飛び込んできたら夜中でも診察しないといけないんですかね。深夜勤務体系が組まれていれば診察するのは義務でしょうし、そうでなくても余裕があれば診てあげればいいとは思うんですが、そこらの町医者に飛び込んでいって「そもそも勤務時間外だし、酒を飲んでいて診察はできません」ということになっても、それを責める権利は誰にも無いと思うんです。それを許さないならば、医者は休みが無くなっちゃいますよ。

 前の職場の上司は、「常に仕事を意識しろ」と言いたげでしたが、俺は「勤務時間以外はタダの人」という感覚なので、そのあたりはフマジメに写っていたのかも知れません。

 俺の認識が甘いんですかね。わかりません。

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近況報告201204

 お久しぶりです。

 大卒新採で就職した前職を3月末で退職しました。ちょうど3年経過したのでキリがいいというのと、前々からやってみたい職業があって、このタイミングで運良く枠にはまることができたので、「いつまで続くか分からんけど」とりあえずやってみよう」という軽いノリで感じで転職してしまいました。

 加えて、25年間生まれ育った町から離れることになりました。
 大学時代に親元を離れて下宿するという道もあったんですが、経済的に自立しているわけでもないのに自立したような気分になるのは子供だましだと思ったので、大人しく実家に留まっていました。
 そのおかげで経済的にもかなり余裕があったので、安いながらもクルマを持つことが出来ましたし、色々旅行にも行けました。

 クルマといえば、19歳の時に新車で買って乗り続けていたクルマを、今年の1月末に潰してしまいました。よそ見をしていたら、前のクルマのブレーキに気付くのが遅れて、そのまま追突、ということでした。しかも実家から300kmぐらい離れた町で事故ったので、地元にクルマを持ってくるだけで一苦労です。
 不幸中の幸いで、友人を家に送っていく途中だったので、そのまま彼の家に電話して、クルマも近所のコインパーキングに駐めて、一晩泊めて貰うことになりました。
 追突なので10:0なんですが、事故から3ヶ月経っても未だに示談が成立していないようです。どんな力量のない保険屋なんだw
 人身事故扱いになったので、5点貯まったことをお知らせするハガキも届きました。あと1点で免停です!

 転職先は近所に色々揃っているのでもうクルマは要らないかとも思いましたが、やっぱり買い物に行くときはクルマがないと不便だと思ったので、5年オチの中古を買いました。調子に乗って今度は1500ccの3ナンバーです。

 今回の赴任地は実家から約200km。クルマなら高速代込みで片道4000円ぐらいの場所です。なまりが結構キツい地域なので、みんなが何を言っているのか(特に地名や語尾が)よく聞き取れないこともありますし、逆にこちらが言っている言葉も聞き取れていないこともあるようです。あとはクルマのナンバーが周囲と全然違うので目立ってしょうがない気がします。

 あとは、余っていた有休を消化するために、2月の下旬にイタリアに行ってきました。3年間で有休が60日、そのうち残りが25日ぐらいあったので、全部使い切るつもりで休んだんですが、結局最後は4〜5日ぐらい残してしまいました。とっても残念です。

 イタリアの写真を少し紹介しておきます。
 ちなみに、イタリア旅行はツアーで行ったんですが、同じツアー12人の中に、前職と同じ会社の新婚カップルがいましたw 世界は狭いですね。

***


 フィレンツェのドゥオモ



 カーニバルの衣装を着た女の子



 ヴェネツィアのゴンドラ



 ヴェネツィアを鳥瞰(鐘楼より)



 ピサの斜塔



 青の洞窟



 ローマのコロッセオ



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買って食べて応援

福島県全体の農業が福島の一部農家によって終わってしまう件。

 これは少し古い記事ですが、1つ前の記事に関連するところがあるのではないかと思って挙げてみました。

ひろゆき
http://hiro.asks.jp/80745.html


***

福島県の原発から30km圏内で農家をやってる人が、お米を収穫して、出荷したがってるそうです。 

県、農家にコメ廃棄を勧告
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20111029-OYT8T00181.htm
 原発事故により緊急時避難準備区域に指定された地域でコメを作付け・収穫したとして、県は28日、田村市都路町の農業の男性(58)に対し、収穫したコメを廃棄するよう食糧法に基づいて勧告した。男性は応じない意向を示した。

(中略)

 食糧法では、作付け制限区域内で収穫されたコメは廃棄しなければならない。勧告に対し、男性は県に「作るのは勝手。作ったコメは販売したい」などと話したという。

 どんな社会でも、自分勝手な人は、一定の確率で必ず出てきます。

 県などの行政が強制的に収穫・流通を差し止めるとかしないと、放射性物質が含まれた食品が流通してしまう可能性があるのですね。

 そうすると、消費者は、「福島県産のモノを買わない」という自衛策に走ってしまいます。
 福島県産の食品をいちいち自分で調べたりするよりは、他の産地のモノを買ったほうが楽ですからね。

 んで、こういったニュースが流れた時点で既に手遅れで、「政府に出荷差し止めなどの強制力が無いということは、既に流通しているかもしれない。」とか考える人も出てくるわけです。

 そして、福島県内でも、出荷に問題のない作物まで風評被害に巻き込まれるわけです。

 結果として、福島県は、農業に不利な地域になっていくわけで、農業で生活するのは、他の地域に比べて極めて難しくなるわけですけど、そういった多数の人が損害を被る行為を少数の人が出来ちゃうし、行政も止める手段を持ってないんですよね。

 ということで、出荷しようとする農家は勿論良くないんですが、強制的に差し止めをしない。事なかれ主義な政治が起こした問題だと思うんですよね。

 こうなることは、当初から予想出来てたわけですし、、、


***

 上で引用したのは、「そもそも売るな」という意見ですが、俺はそこまでは思いません。売るのは勝手でしょうし、こういう人が出てくるのはいわば当然の話です。ただ、俺は絶対に買わないですけどね。

 気にくわないのは、こんな状況の中でも「買って応援しよう」なんて言って、わざわざ福島県産を選んで買っている人がいることです。そういう人が勝手に買う分には文句は言いませんが、他人にも買えといって強要したり薦めたりするのが非常に鬱陶しいし性悪です。
 ホントを言えば買って欲しくもないんですけどね。買わなければこういう生産者が減っていくのに、思慮の足りない人が良かれと思って買うことによっていつまで経っても売り続けますから。売ってる方の独善に加えて、買ってる方もそれがいいと思って買ってるんだから手が付けられない。

 俺は原発から20kmないし30km圏内については、除染もせずに放射線量が一定値以下に下がるまで放置するしかないと思うんです。住民は強制移住です。
 人口6000人の村を除染するのに3000億円もかかって、更に復興していかないといけない。ただでさえ年寄りしか住んでいない産業のない村にどうしてそんな金をかけるのか全く理解できない。

 政治というのは、個々の幸福はもちろんのこと、全体の幸福について考えないといけません。故郷にこだわる人間の気持ちは痛いほど分かるけれども、全体の幸福のため、個々の幸福を犠牲にして貰うことはどうしても必要であって、そのために頭を下げていかないといけないんですよ。
 被害についての補償は当然するけれども、全体の幸福を上げていくために必要であれば、切り捨てるべきところは切り捨てる。憲法29条の財産権も、公共の福祉によって留保されています。

 それでも頑なに福島にこだわるのはエゴ以外の何物でもありません。
「故郷を思う気持ちは分かるけれどもそれはあなたのワガママです。大変申し訳ありませんが国民の皆さんのために移住して下さい」と言って頭を上げて納得してもらうのが政治家の仕事であり、それをサポートするのが役人の仕事なんですよ。

 誰も嫌われ役に回りたくないから、耳障りのいいことを言って、その場しのぎの行き当たりばったりのバラマキ政策を行ってきたんです。その結果が国債発行残高1000兆円、国民1人あたり1000万円の負担に繋がってるんですよ!

「嫌われることを恐れない政治家」と言って思いつくのは橋下徹や石原慎太郎です。彼らの主張について異論は多くありますが、それでも多くの人が彼らについて行くのは、言い回しで誤魔化したり八方美人の回答をしないのが理由じゃないでしょうかね。

 嫌われてもいいと思える人は途轍もなく強いですから。

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「僕は、カタワです」

乙武洋匡「僕は、カタワです」

 強気すぎるので俺自身はあまり乙武洋匡という人を好きではないんですが、議論の中身は非常にその通りだと思ったのでご紹介します。

 まとめの抜粋です。原典はこちら。
http://togetter.com/li/152112

 twitterからの引用は難しいですね。

***

乙武洋匡「僕は、カタワです」

乙武洋匡がツイート中に自身のことを「カタワ」と表現すると、フォロワーの方が、「そんな言葉は悲しい」と…。差別用語に対する考察。

 よく考えたら、「アホの坂田」って、すごい通称だよなぁ。そんな名前で親しまれるって、ホントに人柄だと思う。うーん、僕だったら…「カタワの乙武」?これじゃ、テレビ出れないか(^o^;
h_ototake

 (カタワ)何て言葉を使うの、やめて下さい 悲しすぎます
tsubu7

 どうして、この言葉を使うと悲しいの?なにか個人的なトラウマでも?
h_ototake

 トラウマはありませんが、放送禁止用語にもなっているように、差別用語ですし… 乙武さんの自虐ネタ、ちょっと悲しいです
tsubu7

 じゃあ、あなたは差別用語とされているから、「悲しい」の?もし、今後「障害者」という言葉が差別用語になったら、やはりその語に悲しみを感じる?
h_ototake

 障害者は、差別用語ではないですよね。カタワと言う言葉は、乙武さんは良くても、公の場で、色々な方のいる場で使うべきではないのでは。乙武さんの事、好感を持っていましたが、度々の理屈じみたツイートに、ガッカリしてます
tsubu7

 「カタワ」を「障害者」に変え、こんどは「障がい者」に変える。そうやって、やわらかい言葉にすり替えることで、本質を見て見ぬフリする風潮。それで何か解決するの?声高に「差別用語は良くない」と叫ぶ人ほど、「私は差別してないです」というポーズを取りたいだけだったりする。無意味だよ。
h_ototake

 膨大なリプをいただいています。「傷つく人がいるから、やめたほうがよいのでは」との声はあっても、「傷つくからやめてくれ」という当事者の声は、いまのところゼロ。「よくぞ代弁してくれた」という障害者、もしくは家族の声が、いくつか。冒頭の気遣いが、本当に障害者のためになっているかは疑問。
h_ototake

1.「背が高い」って、ただの身体的特徴を指す言葉だけど、たとえば背が高いことを気に病んでいる女の子には、使うべきじゃない。でも、だからと言って、誰も「背が高い」という言葉を「差別用語だ」とは言わないよね。言葉とは、そうして相手との関係性によって選び、口にするものだと思うんだ。
2.「カタワ」と言われても何とも思わない人もいれば、「障がい者」という表記でも、傷つく人がいる。結局は、目の前の相手がどう思うかを想像し、言葉を選んでいくしかないのに、「カタワ」はNGで、「障がい者」はOKと誰が決めたのか。誰の感情に合わせた線引きなのか。まったくわからない。
3.「傷つく人がいるから、公の場で使うべきでない」なら、「背が高い」「おぼっちゃま」「色が黒い」だって、公の場で使わないほうがいい。その言葉で傷つく人も、少なからずいる。でも、そんなのバカげているでしょう。目の前の相手の気持ちを考えて、言葉を選ぶでしょう。僕らには、その力がある。
4.なのに、障害者に関する呼称については、一対一の関係性を無視して、一律に、社会的に、「カタワ」「めくら」「つんぼ」はNGとされる。それが、なぜなのか――という疑問を提示したいのだ。その決めごと自体が、障害者に接することを腫れ物にさわるような関係性にしてしまっていないだろうか。
5.誤解のないよう言っておくが、僕は他人様に向かって「カタワ」だの「ダルマ」など口にしたことは一度もない。すべては、自分について。それでも「そんな言葉使うべきじゃない」と言う人がいる。「傷つく人がいるから」と。それなら、「僕は背が高いんだ」も言えなくなる。その語に傷つく人がいる。
6.相手を傷つける言葉を言っちゃダメ。そんなの当たり前。小学校で習ったでしょ。でも、相手がどんな言葉に傷つくかは千差万別。その関係性から探っていくしかない。そこに思いやりが生まれ、ひょっとしたら愛が生まれる。でも、対障害者には、初めからオールNG。「探っていく」が飛ばされている。
7.障害者だって、一律じゃない。言葉に無頓着な人もいれば、傷つきやすい人もいる。差別用語って、そんな当たりまえの前提を無視した決めごとのような気がして、僕は好きじゃない。一人ひとり、目の前の相手を見て、感じて、言葉を選ぼうよ。そんなの、相手が健常者だって、障害者だって、同じだよ。
8.だからね、僕に対して、一見失礼に見えるリプを飛ばす方々に対して、「失礼だ」と目くじらを立ててくださる方がいるけれど、あれ、アリなんです。僕に対しては。みんなも、わかってやってる(方がほとんど)。だからと言って、他の障害者に対して、そんな言葉をかけていいわけではない。人による。
9.ああ、書き過ぎた。連投ごめんなさい。でも、ええと、僕は「カタワ」です。「カタワ」で、「障害者」で、「障がい者」です。何でもいいです。どうでもいいんです。そんな呼び方――そんなふうに思っている僕のような障害者もいる。そんな言葉に傷つく障害者もいる。そんなことが理解いただけたら。
h_ototake


 私の学会の文書に「障がい者」とあって「なぜ?」という私の問いに、「一般的に『今は』こう書くようになっています」と答えた理事の(こう書けば「文句を言われません」)という表情に安堵の責任逃れを感じた。
funabikitakeo

乙武さん、船曳先生に基本的には賛成なのですが、1対多のコミュニケーションではどう考えるか、難しいところですよね。誰がどんな文句を言ってくるのか予想できない。しかも相手は「足を踏まれた者が痛いと言ってる」という論理でくる。
higetch

一対多のコミュニケーションで考えると、いろいろな考えの人がいるなかで、いちばん敏感な人、「痛い」と訴える人にあわせざるを得ないのではないか。結局、無責任な言葉狩り=一律の差別用語規定と同じ扱いになってしまう矛盾…。
higetch

うちの市では障害者に代わる呼称を市民から募集し、危うく“友愛人”になるところでした。障害を障がいにしたらなんか美しくない気がする(^_^;)
dekafree

もはや、ギャグwww
h_ototake


***


 これはこれまで何度も似たようなことを書いていますが、特定の言葉自体を「差別用語」と指定して、それを言わない社会が良い社会、という発想思想が大嫌いなので、もっと色々考えていきたいんですが、やはり健常者である人間が何を言ったところで、俺が「カタワ」という言葉を出した段階で「善意の人」に叩かれて、まさに言葉尻を捕らえられて意見が抹殺されてしまうので、この乙武という人はそういう意味でホントに強いと思います。
 何といっても自分が「カタワ」なんだから、健常者の外野が「カタワは差別用語です」なんて言ってもビクとも揺らがない。思慮が足りない人達の上辺だけの意見を全てはね除けることができるんですね。

 意識を変えることもなく形だけ整えれば物事が片付くと思っている人間は嫌いですし、さらには、形だけ整えることを是としてそれを他人に強要する人間はもっと嫌いです。

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ニュース雑感20120311

 お久しぶりです。書きやすいニュース関連記事から適当に書いていきます。


自宅買い取り額低く資金難
朝日新聞 2012年2月25日 朝刊

 高台に、内陸に、東日本大震災の被災地で大移動が始まろうとしている。だが、新たな住まいを建てるには資金への不安もあり、集団移転に向けた住民合意も容易ではない。震災から1年近く。地域間の格差も際立ち始めている。

「買いたたかれるなら売りたくねえ」。仙台市宮城野区の男性会社員(57)は2月上旬、集団移転の相談会で、声を荒らげた。
 自宅は津波で流失。市の担当者が示した買い取り試算額は1坪(3.3平方メートル)あたり7万〜8万円で「震災後、評価が3〜4割下がりました」と言われた。
 父から相続した土地は約70坪。妻(53)からは「怖いから内陸に移りたい」とせがまれるが、2キロほど内陸の移転候補地は市の試算で1坪33万円。元の場所と同じ広さなら土地代だけで1700万円以上の差額が出る。定年も近く、住宅ローンも組めない。
 被災地を対象にした「防災集団移転促進事業」では、浸水した土地を自治体に買い取ってもらい、それを元手に、自治体が用意する移転先で土地や住宅を買えるようになっている。しかし、被災地の地価は大きく下落。しかも仙台市周辺はもともと沿岸部より内陸
の地価が高く、価格差が重くのしかかる。


***

 この記事の趣旨はよく分かりませんが、どうも自治体が悪いような書き方をしているのが鼻につきます。

 災害を受けやすい土地の価値が低いのは当然で、実際に津波が来て資産価値が下がるのも当然なんですよ。災害を受けにくい土地の価値が高いのも当然。それでいて元と同じ面積の家に住もうというのが根本的な間違いであり、ワガママなんですよ。今よりもいい場所に住んで買い換えるなら差額が出るのは当たり前の話。

 安く買い上げられるのがイヤで、「売らない」という選択肢があるなら、誰か他に高く買ってくれる人を探して来ればいいんですよ。きっとそんな人いないでしょうけどね。

 そんなに文句を言うなら津波が来る前に売り払えば良かったんですよw






確定申告会場の混雑ぐったり(無職 67歳 男)

 先日、わずかな還付金を求め、近くの公民館へ確定申告に出かけた。2か所の控室は人であふれ返り、ざっと9割以上が高齢者。まるで老人クラブだった。
 渡された整理券は288番。受付会場をのぞくと、L字に並んだ11人の税理士が電卓片手に対応に追われていた。控室に戻り税務署員に聞くと、税理士は昼食時間も惜しんで対応しているが、大半が申告書を記載せずに来るため時間がかかり、前日は5時間待ちだったとのこと。
 長期戦を覚悟し、ワクワク感のない静まり返った控室で、携帯フォトフォルダーにある孫の写真を見ながら待った。2時間が過ぎた頃、番号を呼ばれて会場へ。そこでも1時間ほど待たされた後、悪戦苦闘して書き上げた申告書を税理士に提示した。記載ミスを訂正し、税務署員に提出するまでは3分弱だった。
 きょう体感した光景が全国であるのか。と思うとゾッとした。もっと高齢者にやさしい確定申告の方法はないものか。


***

 確定申告というと最近はE-Tax(電子申告)を推し進めているようで、4000円の特別控除に釣られて俺も初めてE-Taxに挑戦してみました。
 結論から言えば、E-Taxそのものは非常に簡単で便利ですが、電子証明書の取得を初めとした「準備」が非常に面倒くさかったので、あれじゃ一般人にはなかなか普及しないでしょうね。
 去年は単に申告書をパソコンで作成して、それを印刷して郵送する方法にしましたが、あっちの方が断然ラクです。

 さて、記事についてですが、これも言ってることが全く分かりません。
 確定申告なんて、会場まで行かなくなって、俺がしたように自宅で書いて郵送すればいいんですよ。そういう努力もせずに、「申告書を記載せずに来る」ような連中と一緒に2時間も並んでるんだからバカとしか言いようがありません。

 銀行の振り込みと一緒ですよ。インターネットバンキングで振り込む人、ATMで振り込む人、窓口で振り込む人、色々います。振込のために銀行のATMに並ぶのは馬鹿馬鹿しいと思ったらインターネットバンキングで振り込めばいいんですよ。それができないから(しないから)並ぶのであって、それを選択したのは個々人自身なんですよ。

 だから、この確定申告も、

「還付金が欲しいけど何も努力したくないから2時間待つ」
「還付金が欲しいし5時間待つのはイヤだから自分で申告書を作って郵送する」
「還付金を諦める」 などなど、選択肢は豊富にあるんです。

 高齢者であっても何らかの努力をするべきであって、手書きで申告書を書いて郵送するぐらいできるでしょ?

 それができないっていうなら、どうせ年寄りはヒマだから4時間でも5時間でも待ったらいいんですよ。






◎高校の学区を五つに再編=兵庫県教委
2012年1月23日/時事通信

 兵庫県教育委員会は、高校の個性化や生徒の選択肢の多様化を進めようと、2015年度から普通科高校の学区を現行の16から5に再編する。県教委は「これほど大規模な制度変更は約50年ぶり。しっかり学べる、今までにも増して特色と魅力のある学校づくりに努めたい」としている。
 高校教育課によると、95ある全日制公立高校の通学域について、神戸市内を三つに分割し、尼崎市や西宮市などの市域を一つの学区にする現行制度は、1964年度から実施してきた。しかし、進学したい高校が学区内にないとの声も多いほか、今後の生徒数の動向を見据えた再編が必要として、学区の規模を拡大する。
 具体的には生活圏や文化圏、交通機関の接続などを考慮し、学区の単位を、神戸市とその周辺や阪神地区、姫路市周辺などとし、1学区当たりの高校数も現行の3〜12校から7〜29校に増やす。
 現在の中学生は現行学区を前提に通学していることへの配慮や、希望する高校に通らなかった場合も遠距離通学にならない選考方法など、混乱なく実施するための準備も必要として、実施は15年度からとした。


***

 これは上の2つとは毛色が違います。
 第二次世界大戦終戦後の学制改革において、GHQによって「高校三原則」なるものが定められまして、これは「小学区制・総合制・男女共学」の3つによって成り立っています。

 小学区制のメリットというのは、学区が小さいので地域性の高い教育が行われることや、学区内の学校が少ないために偏差値による輪切りが大学区制よりも緩やかになることがあげられます。小学区制であれば、どんなに優秀でも、学区内の最上位校にしか行けないですからね。

 大学区制の場合は、特に成績上位校において学校のレベル別細分化が進んで、優秀な生徒が遠いところからやってくることが往々にしてあります。
 俺の県では全県を旧国によって2分割しているだけなので、片道1時間以上かけて遠いところからうちの高校まで来ている生徒がいました。

 それで、何に驚いたかと言えば、兵庫県が未だに小学区制を採用していたという事実です。大学合格者数のみで高校の価値を計ることはできませんが、実績をあげようと思えば大学区制に移行するのが当然の流れなのに、未だに小学区制でやっているとは、なんと理念に忠実(?)なのでしょうか。

 神奈川県も2005年まで18学区でやってた(今は学区撤廃)らしいので、私学と比べて公立高校が実績をあげてる都道府県と、学区編成は案外関係があるかも知れませんね。気が向いたら調べてみます。

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天秤

 ちょっと前の新聞の投書欄から。前にも同じようなことを書いているかと思いますが、気になったので少しだけ。

 先日、学校掃りの僕は混み合う市営地下鉄に乗りました。いつもは立ち通しですが、偶然目の前の席が空いたのです。ところが、孫らしき幼児を連れたおじいさんが乗り込んで来ました。その日、僕は非常に体調が悪く、座れたことを内心とても喜んでいたのですが、席を譲るべき対象が現れてしまったのです。
 僕は体調を言い訳にして、誰か他の人が……と逃げの考えを抱いてしまいました。結局、おじいさんに席を譲る人は誰一人現れず、僕は帰宅してから、どうして譲らなかったのかと後悔しました。
 僕は考えました。善意を行うには自己犠牲を伴う、それを渋って逃げると後悔するということです。善い人間になるには、自分と他人、善意と犠牲をてんびんにかけるのをやめる必要があるのです。(高校生 17)


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 ツッコミを入れたいのは最後の一文です。

 席を空けることによって老人が座れれば、それはその老人にとってメリットですが、それは副次的メリットであって、本人にとっての本当のメリットは、「老人に席を譲らないことによる精神的苦痛から解放されること」なんですよ。

 従って、天秤に掛けるべきは、「座りたい自分」と「解放される自分」のどちらが重たいのか、ということなんです。結局どちらも自分の問題なんですよ。

 これが分かるようになるまでは、いつまで経っても偽善者のままですね。

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コネクション

岩波書店、採用で「著者か社員の紹介必要」(読売新聞 - 02月02日 21:17)

 岩波書店が2013年度の定期採用をめぐり、応募資格の条件として、「岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること」とホームページで告知していることが分かった。
 事実上の縁故採用とも取られかねない告知方法で、厚生労働省就労支援室は「あまり聞いたことはない。採用の自由はあるが、厚労省としては基本的に広く門戸を開き、応募者の適性、能力に応じた採用選考をお願いしている」と話している。
 同社では13年度、若干名の採用を予定している。

追加:「縁故採用」ともとられる方法だが、同社は「応募条件であり、採用条件ではない」と反論。また「毎年採用は若干名なのに対し、応募は1000人に及ぶこともある。現在は、結果的に落とすための試験になっており、できるだけそれを避けるため」としている。(毎日新聞 2012年2月3日)

***

募集の種別 :2013年度定期採用(経験者含む)
担当業務 :出版業務全般
採用人数 :若干名
入社時期 :2013年4月(都合のつく方には、上記以前に入社をお願いする場合があります)
応募資格 :4年制大学卒業者(2013年3月卒業見込者を含む) 1982年4月2日以降生まれ ※岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること
応募書類 :
1.:入社志望書(岩波書店作成のもの)
2.:作文:「職業としての出版と私」(岩波書店作成原稿用紙使用/800字以内、自筆、縦書)
3.:紹介状:岩波書店著者によるもの(岩波書店社員紹介の場合は不要)
4.:選考結果通知用ハガキ[官製ハガキの表に、郵便番号/住所/氏名(氏名の下は 「様」 とする、「宛」「行」は不可)を記入してください]
※ 応募書類不備の場合は、書類選考の対象としません。
※ 応募書類の返却はいたしません。

http://www.iwanami.co.jp/company/index_s.html

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 コネ採用というのは多くの学生にとって「悪」でしか語られませんし、俺もほぼその意見には同意ですが、こうやって最初から書いてあると俺はかえって好印象です。

 何を考えて応募してきているのか分からない人も沢山いますからね。絶対受からない人が応募してくるよりも、ある程度質の高い人に集まってきて貰った方が企業としても学生としてもメリットが大きいですから。
 若干名ということは2〜3人の採用だと思いますが、応募者1000人のうち、ホントに見込みのある人は多く見積もっても100人もいませんからね。

 出版というのはかなり人気のある業界で、高給で華やかなイメージがありますが、この出版不況の中、あまり先行きが見えてこないのも事実です。その分、未来に可能性があると言えば聞こえは良いですが。俺が某大手出版社の説明会に参加したときは、「うちの会社だと、だいたい35までに心か体のどっちかを壊す。それでもいいという人に入ってきて欲しい」と社員が言っていました。イメージだけで就活しては絶対にいかんですね。

 で、誰を採用するのかというのは会社それぞれの方針があっていいと思うんですよ。
 試験の結果で採用する会社もあれば、容姿を重視する会社、学歴を重視する会社、人となりを重視する会社、コネを重視する会社もあっていいと思うんです。
 もちろん公務員試験なんかでのコネ採用は好ましくないと思いますが、特に田舎の自治体で「東大卒のヨソ者」よりも「地元国立卒の地元出身者」のほうが評価が高くなる気持ちはよく分かります。仮に「試験で平等に採用する」と謳っていても、面接の点数なんていくらでも操作できますからね。どこまで行っても真相は闇の中ということは多いでしょうね。

 会社に入った後は「顔で仕事をする(顔の善し悪しじゃないですよ!)」、という面は多々あるんですよ。他の課と調整しないといけないときに、その課にいる知り合いを通して話をするとスムーズに仕事が進むことはとても良くあります。
「全く知らない人」よりも「知り合いの知り合い」のほうが安心感がありますからね。

 応募の段階でそれを求めるのは酷な気がしないでもないですが、仮にコネがなくても、「岩波に応募したいので推薦してくれ!」と、好きな作者に手紙を書くのもありですしね。本気で入社したいならそれぐらいしてもいいかもしれません。それも面接の際の実績アピールにもなりますしね。

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